大晦日に思い出の場所めぐり

久しぶりに地元に帰ってきてもいつもはせわしなく動いているんですが、不思議とゆったりしていた大晦日の本日、甥っ子が2歳半ぐらいになったのをきっかけに昔の自分を思い出し、思い出の場所めぐりをしてみました。

僕が家族と住んでいた遍歴は
・0歳~3歳ぐらい:福岡県福岡市早良区西新
・3歳~8歳:福岡県春日市春日原
・8歳~10歳:福岡県北九州市小倉北区中井
・10歳~14歳:福岡県福岡市南区南大橋
・14歳~18歳:長崎県長崎市矢の平
・18歳~24歳:福岡県太宰府市梅香苑

てな感じであっちこっちいっているので、その場所その場所で昔の記憶がはっきりと蘇ります。現在の実家は太宰府なので、自動車ですぐに足を伸ばす事のできる福岡県春日市と福岡市南区大橋までぶらっと行ってきました。

春日市春日原北町1-1

↑ここが3歳ぐらいから小学校2年まで住んでいた近所。現在も父親が務めていた会社の社宅(綺麗なマンションタイプになったけど当時は2世帯続きの平屋)があって、大きくは変わっていませんでしたが、小さいときに見た周りの景色はあんなに広かったのに、年をとってから見ると意外と小さいんですねぇ。。ここで奥に写っているのはJRの線路。僕は3歳か4歳頃、社宅の庭の囲いの塀の上に登って一日中電車を眺めているほど電車好きでした。電車好きはどこで方向転換したのかなぁ・・・。

古い公園

↑これはすぐ近所にあった公園とそこに生えていた大きな木です。よくここで近所の子達と一緒に木登りをして遊んでいました。どっちかというと、周りについていった感じだったなぁ。公園自体も大きく変わって小さくなってしまっていてちょっと寂しさを感じました。小さいときに登るのにあんなに苦労した木も、この年になると意外と小さいんだなぁと感慨ひとしお。30年近くずっとここに生え続けているのでこれからもずっと近所の子達の遊び場となって欲しいですね。

筑紫丘小学校

↑福岡県春日市から西日本鉄道(通称:西鉄)という私電で4駅ほど行ったところにある福岡市南区大橋。小学5年生と6年生の2年間を過ごした福岡市立筑紫丘小学校です。
僕が在学していた頃(あ、もう20年も前になるんだ・・・)に創立20周年を迎えたので、ちょうど今年あたりが40周年でしょうか。20年前に埋めたタイムカプセルって、どうなっただろう・・・気になるなぁ~。もし平日とかだったら職員室に出向いて聞いてみたいところです。

そのまますぐ隣りにある中学校にも足を伸ばしました。

筑紫丘中学校

↑小学校のすぐ隣りにある筑紫丘中学校です。創立50周年を迎えたようです(しらんやった)。僕はここに通って中学の2年になってしばらくして長崎に転校したわけですが、この中学校は本当に楽しくて友達と別れるのがかなり辛かった思い出があります。

大学に入って福岡に戻ってきたとき、この中学校の同級生が同じ学科にいたり、となりの大学のテニスサークルにテニス部の同期がいたりして、本当に懐かしかったのを思い出します。

中学・高校というのは第二次反抗期でもあり、人生の中でもかなり多感な時期。この時期の思い出は結構将来まで影響をするんだろうなぁ、なんていまさらながら思い返してみたりして。

中学の半分と高校の時にいた長崎では、地方の公立高校らしく異常に長い授業時間・異常な量の勉強量(ただの非効率ともいう)で、実はあまり記憶がないのですが、今度行ったときにはその辺をめぐってみたいと思います。まぁ、長崎はそれよりも観光の方が多くなりそうですが・・・(笑)

子供の頃は親の都合での転校が多くてすごく嫌でしたが、今になって考えるといろいろな人達とつながれたり、住んでいた場所をめぐることでその時の記憶が鮮明に引き出され、懐かしい思い出とともに自分自身を冷静に振り返ることもできるのでそうそう嫌なことばかりではありませんね。
反面、ずっと昔から同じ場所に住んでいる人は、今でも幼なじみとの付き合いがあって羨ましいとも思います。それぞれに良さがあるんですね。

家に戻り、過去の卒業アルバムを引っ張り出してみるといろいろと思い出が蘇ってきます。やっぱ写真って偉大ですね。大学院に入る頃に、「思い出は映像で残しておこう」とカメラを持ち歩くようになりましたが、これからも事あるごとにめんどくさがらずにコンパクトデジカメを持ち歩こうと思います。
(一眼レフは気合が入っているときに・・・笑)

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