GLOBISクリティカル・シンキングでMVP頂きました♪

1月から先日までの3ヶ月間、GLOBISという経営を学べる学校に単科目の教育を受講しに通っていました。科目はクリティカル・シンキング。俗に言うロジカルシンキングと同じだろうと思う人もいると思いますが、違います。

ロジカルシンキングというのは読んで字のごとく、論理的に考えるということ。
でも論理的に考えるって、どうやればいいかわかりますか?論理的に考えられているかの確認ってどうやりますか?

それに答えるのがクリティカル・シンキング。自分自身の考え方を批判的に見て見直し、結果的に論理にかなった考え方を身につけていくというものです(というふうに僕は解釈をしています)。ロジカルシンキングの根底に流れているもの、と考えても良いと思います。

カリキュラムは、大きくコミュニケーションと問題解決の2つに別れており、前半の3回(約1ヶ月半)でコミュニケーションパートを、後半の3回(約1ヶ月半)で問題解決パートを実施します。主張すること、考えること、そのために何を考え、何を行えばいいかを学び、身につけることが出来ます。

「え?そんなん当たり前でしょ?」って思っている方にほど受けて欲しいです。アタリマエのことを当たり前に実行することがどれだけ難しいかがよくわかります。まだ会社の考え方に染まっていない新人~2年目の若手社員の考え方の基礎をつくるため、あるいは、同じような仕事の進め方に慣れてしまっている中間管理職の人たちの考え方を見直してもらうためにも非常いよいでしょう。

僕自身、気づいていると思っていた自分の新たな思考の癖に気づき、それを意識して日常業務にのぞむだけで全く生産性が変わります。

なんとか学びを成果に結び付けたい、身につけたいとの思いから、講義中の発言やML上での発言(ボケ発言も含む)、勉強会の場所提供など積極的に動いたおかげか、他の受講生の皆さんからの投票でMVPにも選んでいただき、とても充実した3ヶ月でした。

これから3ヶ月が今まで以上に重要で、学んだ知識、経験を自分の中に取り込んで血肉に変えていかなければなりません。継続して勉強会も実施予定です。頑張りますよー♪

リズムに酔いしれ、酒に酔い潰れ(かけ)た夜

4年ほど前仕事で知りあってから仲良くしている友人が参加しているサンバユニットのライブに行ってきました。前回の横浜とはちょっと雰囲気が違うブラジル料理のお店でのライブ。このバンドのホームグラウンドということもあり、メロディーを奏でるのはギター一本のみであとは全部リズム隊というすごい組み合わせ。

ギター+パンディロ+Per&ヴォーカル+コンガ+ドラム

ここから奏でられるメロディーというか、激しいリズムは言葉では言い表せません!とにかく映像を見てください(笑)

このリズムに乗せられ、お客さんも踊りだし店のなかはブラジルのカーニバル一色(僕は飲んだカイピリーニャという(かなり強いらしい)お酒のおかげでクラクラになってました)

このバンドのリーダーさん(自称謎の男アントニオ)とも親しくさせていただき、前回のライブの終わった後に酔っ払いながらもExtra Stageとして(ボロボロの)アカペラをやらせてもらいました。今回もリクエストを頂いたのですが、さすがに二人ではご迷惑になるので遠慮しましたが、次は是非やらせてもらいたいです!そのために練習しなければ・・・(笑)

音楽やった事ない人、音楽よくわからないって人でも、とにかくこのアツイプレイには度肝を抜かれること間違いなしです!行きたい人は今度一緒に行ってみましょう♪

「いつもどおり」の大切さ

「いつもどおり」って曲があります。
誰の曲かって、、、?いや、売ってないですよ。なんでかというと、僕の所属するアカペラユニットのオリジナル曲だから(まだ全然練習してないけど)。

いつもどおり いつもの店で
暑苦しい ネクタイ外して
ビールジョッキ マイク替わりに
5人の声がひとつになる

午後7時 仕事きりあげ
「今出る!」と メールで声かけ
発車間近 電車みつけて
ひとり閉まる扉飛び乗る

靴を脱いで いつもの席で
もうすでにいるよ 暇人が
店員さんの 笑顔に会えば
二人すでに恋に落ちてる

いつもどおり いつもの店で
暑苦しい ネクタイ外して
ビールジョッキ マイク替わりに
5人の声がひとつになる

とりあえずのビール みんなで手に持ち
そして乾杯 グラス鳴らして
ツマミ注文 店員呼ぶとき
3人のグラスが空いてる

夜も更けて だいぶいい感じ
焼酎ロック 夢を語って
酒回って 歌をうたえば
4人別の曲を奏でる

いつもどおり いつもの店で
暑苦しい ネクタイ外して
ビールジョッキ マイク替わりに
5人の声がひとつになる

「いつもどおり」って言葉、実は深いと思いません?

話がいきなり変わるようですが、本日寝台列車「北陸」が最後の走りを迎えました。22時頃に金沢駅を発って東京に向かいました。北陸は昭和25年11月に上野 – 大阪間を上越線・北陸線を経由する急行列車に命名され、以来様々な曲折を経て本日その役目を終えるわけです。

日本の戦前から戦後、そして高度経済成長、バブルの崩壊・・・半世紀以上にわたり日本各地を走り続けてきた寝台特急がまたひとつ役目を終えます。長い時代の流れの中で、電車のスピードや性能・安全性は向上し、ビジネスのスピード進化も相まって、時間のかかる寝台特急の乗車率はどんどん下がり続けました。時代の流れなのでしょうが、寂しくなりました。

小さい頃、寝台を使う必要がないのに、親にせがんで長崎~福岡間を寝台特急(さくらだったと思う)を使って移動させてもらったことを思いだしました。寝台列車には「いつもどおりでない何か」があったと思います。見ず知らずの人と近づくこと、話すこと。ゆっくり流れていく夜の景色を眺めること。その他にもいろいろ。

長い時間の中でいつもそこにあると思っていた寝台特急の路線が役目を終えるその日、ものすごい数の人々が金沢駅に駆けつけていました。おそらく「いつもどおりでない何か」を北陸のなかに見つけた人たちでしょう。でも、その人達の中でも、すくなからず北陸がそこを走り続けていることが「いつもどおり」になっていたんでしょうね。

いつものとおりに朝起きて、いつもどおりに出社して、(いろいろな動きはあるけど)いつもどおりに仕事をして、いつもどおりに家に帰る。
このいつも通りって、退屈に聞こえたりするかもしれませんけど、実は喜ばしいことなんですよね。退屈でも何でもない「いつもどおり」の中に、ちょっとでもいつもと違うものを見つけたり、ちょっとした喜びを見つけることができます。そこまで考えて作詞したかは知りませんが(笑)、この曲を作ったTAKU、リスペクトっす。

勉強の大きな勘違い

診断士試験勉強をはじめてからというもの、自分の勉強方法を見直したり他の人の勉強方法を聞いていて気づいたことがあります。

それは、「知識を得ることをゴールとしてはダメ」ということ。
知識はデータであって、意志を伴った知恵ではありません。

本を読むこと、問題を解くこと、資格をとること・・・
いろいろな勉強法があると思いますが、その目的は何かと言うと
「自分が使えるようになること」コレに尽きると思います。

つまり、自分が使えるようになって、ちゃんと成果につながっていないと
勉強をしたこと自体に意味がなくなってしまう、ということです。
せっかく時間とお金をかけてもある意味無駄になってしまいます。

そして、そのことに気づいていない人がものすごく多い。

■本を読んだだけで満足していませんか?
■資格とっただけで満足していませんか?
■新聞読んだだけでわかったつもりになっていませんか?

他にもいろいろあります。

情報システムに例えて言うなら、
得た情報や知識は、データベースのレコード項目であり、それが増えても使ってあげるアプリケーション自体が進化しないと、ただのゴミ置き場になってしまいます。データ容量だけが多くて、アプリケーションにつながっていないデータベース・・・費用ばかりがかかって何の役にも立ちませんよね。

さてそうならないためにどうすればいいか?

簡単です。とにかくデータを手に入れたらそれを使って自分の解釈を加えてアウトプットするんです。ひたすら。それにより自分自身の中のアプリケーションがどんどん進化して、ただのデータが「使える」情報へ変わっていきます。

アウトプットは別にしゃべるだけじゃなくて、字に書いて出してもいいですし、スポーツであれば競技を実施すること自体がアウトプットになります。その際にはちゃんと目的をもってやりましょう。
・どういう状態が望ましい形なのか?
・実際にアウトプットした結果が望ましい形どどのくらい乖離があるのか?
・その乖離を埋めるためにはどうすればいいのか?

コレをひたすら愚直に繰り返します。これによってもっともっと加速度的に自分のアプリケーションが進化していき、自らを高めていくことができるのです。

これ、気づいている人は結構いるかも知れませんが、実践となるととても大変です。

自分で「出来ている」と思っていることの半分近くは「できてない」モノだと思った方が良いでしょう。そんなものです。まずは自分自身を疑うことからはじめてみましょう。
(自分への備忘録)

メディア企業に求められるもの

先日のチリ地震の津波情報について、Twitterでの情報提供を長時間にわたり行ってくれていた原口大臣にメディア記者が愚かな質問を投げかけています。
以下が原口大臣による見解。

記者会見で私のツイッターによる災害対策情報提供について記者の1人よりなりすましの危険もあり不適切ではないかと質問がありました。 全くそのような認識を持っていないと回答しました。国会議事堂内会見だったためインターネットで流れていませんが会見内容を開示します。

大臣がTwitterを行っている目的は何だろう?
明言されないまでも、Twitterによるつぶやきやブログに書かれている内容を見れば、とにかく良い日本にするために政治家としてのメッセージを送り、余計なフィルタをかけずに国民へ語りかけようとしていることはすぐわかるはずです。

それを考えたら上記のようなどうでもよい質問は出てこないはず。
たしかに、リスクは十分検討すべきですが、Twitterの特性を理解していればそのようななりすまし行為は顕在化しづらいこともわかるし、なにより透明な情報をいかに早く届けるかの勝負の時に、大臣であれば仮に誤報を発したとしてもその責任は自分でとるぐらいの覚悟はあるはず(当然のことながら、誤報がないようにかなりのリスクヘッジを行っている、という前提ですが)。

今朝も大臣の遅刻により予算委員会の開始が遅れたことがさもオオゴトのように報じられましたが、それとTwitterをやっていたから遅れたのではという憶測は全く結びつかず、野党からのヤジをことさら大げさに取り上げた某○売新聞は自分たちにメディアとしての力のなさ、ジャーナリストとしてのプライドのなさを自ら露呈したのと同じですね。

メディアの役目は、その言葉の意味の通り「媒体として広く行き渡らせること」であるはず。そして、マスメディアである存在意義は、その企業それぞれでの解釈を行い、社のメッセージとして発信することにあります。メッセージを配信するのであればその根拠もあわせて配信しなければなりませんが、最近のマスメディア企業はそこが欠落しているために、メッセージがチャチな言いがかりにしか聞こえてきません。

メッセージを発し、しっかりそのウラをとって、その上でさらに前向きなメッセージを配信して欲しいものですね(誰もイビリ合いなんてみても楽しくもなんともないはず)。